わたしたちは少女まんがが好きで、それからアイドルが好きで、特にももいろクローバーZの有安杏果さんが好きでした。
 2012年6月、わたしたちをほんの少しだけ悲しませる事件が起こります。夏から始まるツアーのパンフレットに掲載されたメンバーへの一問一答、「好きなまんがは何ですか?」に対して有安さんは答えました。「まんがは一切読みません。」。握手会がもうあるわけでもなく、アリーナやドームなどますます遠いとおいステージに立つ相手と、ましてまんがの話なんかするわけでもないのに、少しだけちくりと刺さる言葉。
 けれど状況はある日一変します。2012年10月、Ustreamでメンバー全員が出演する配信中、なぜか有安さんだけ端の映らない位置にいるままでした。呼ばれると面倒そうに「今あーりんに借りたまんが読んでるからダメ」と応える有安さん。「一切読みません」の有安さん! 配信中、一心に本に集中し続ける彼女の姿に、わたしたちは色めきたちます。どんな奇跡があって、いったい誰がその窓を開けたのか?


ももクロファンはストーリーが大好きなので、一応ストーリーというか予想される経路を書いておくと、2011年に玉井詩織さんが『この漫画がすごい!』に登場し『ストロボ・エッジ』を推薦しています。それから、2012年4月に披露された佐々木彩夏さんのソロ曲「あーりんは反抗期」に「マンガ読んじゃダメって言われてたけど それはもうね破っちゃったもん」という歌詞が出てきます。2012年6月の同じ一問一答では、佐々木さんは『ストロボ・エッジ』一作だけを挙げます)


 それから彼女は、まるで水を吸うスポンジのように少女まんがを貪り読んでゆきます。友達に気になっているまんがのタイトルを送ろうとしたら間違えてマネージャーに送っていて、そのタイトルが好きな人に告白するみたいなものだったので焦るエピソード(多分『好きっていいなよ。』だと思います!)。『ヤングジャンプ』のインタビューでは、「何を読んだらいいか分からないから、ネットで『まんが キュンキュン』で検索する」と答えたり、音楽番組のプロデューサーから借りた森脇真末味『おんなのこ物語』をブログに載せたり。少女誌『マーガレット』では「ももかに聞く、少女まんがの楽しみ方」なんて記事も。「一切」の宣言をもう忘れてしまうように、彼女と少女まんがはもう切り離せないものになっています。
 そしてその一つひとつの小さな情報が楽しかった。というと何で? と聞かれるかもしれないけれど、好きなものと好きなものがただ繋がっていることには抗えないプリミティブな楽しさがある。



 「普通の」?「女の子」?「日常」? そのあたりの語句への疑問符はとりあえず措いておきます。「22年間で出来なかった普通のこと」という文章を見て、ふと思い出したのはとてもささいなあの事件のことでした。ずっと芸能界にいたから、一度距離を置いて普通の女の子の生活を送ってみたい、という言葉。インタビューでは大学生生活や、周りの友人の就職や結婚をそのきっかけに挙げていたりもしたけれど、もしかしたらだけど、少女まんががその一つのきっかけに、「窓」になったりもしたんじゃないか。
 現代少女まんが最先端たる『ストロボ・エッジ』は、人生で初めて読むまんがとしては非常にヴィヴィッドで巧緻です。好きな映画に『塔の上のラプンツェル』を挙げる、ずっと星と空を見上げて歌っていた人は、その窓を通して初めて眼下の街を、ささやかに灯る明かりの鮮やかさを目にしたんじゃないか。普通と日常と女の子がめぐる世界の新しさを浴びて、もっとその世界に触れたい、体験したいという意識を芽生えさせたんじゃないか。
 誰がその窓を開けてしまったのか? 「一切読まない」彼女に、二人がかりで魅力を説いて強引にページをめくらせた人、まんがの楽しさとまんがを誰かと共有する楽しさを教えてくれた人。そして窓は一つだけではないし、犯人も一人だけではないはず。頑なですぐ不機嫌になって干渉を嫌って壁を作って、そんなことはファンにだってもちろん見えていたけれど、少しずつ印象は変わってきていた。「高城へのメールは顔文字使わなくていいって分かってるから楽」なんて言わせてしまう人。まるでぶつかり合うようなボーカルを、いつも切磋琢磨してきた人。一つのこと、ひとつの世界に打ち込むしかできなかった不器用さを、認めたりほぐしてくれたりした人たち。窓どころか壁も何もかも壊してしまうような四人が、普通じゃない日常じゃない世界を十分すぎるほど連れ回してくれて、でもそれがすべて「普通」への見晴らしになって、22年の呪縛なんてすべて解いてくれた。全部ぜんぶ妄想で憶測なのだけれど。



 わたしたちは少女まんがが好きで、それからアイドルが好きで、特にももいろクローバーZの有安杏果さんが好きです。
 彼女がまんがを読まなかった側の世界だったとしても、きっと彼女のことが好きでした。玉井さんと佐々木さんの妄想恋愛トークに苦笑いしたり、現実志向を百田さんにからかわれたり、「まんがは一切読みません。」を通したままだとしても、少しずつ四人やその他いろいろな人が開けてくれた窓から、たぶん彼女は同じ結論にたどり着くのでしょう。もしかしたら、わたしがアイドルを好きでない世界でも、五人が五人でない世界でも、結論は同じなのかもしれません。けれど、映像で見たあの一瞬、あの窓が開いた瞬間は、この世界にしかありません。
 まんが事件と前後してわたしは初めてファンレターというのを書いていて、そこで一作をお薦めしたりもしました。この世界だけで開いたあの窓から、手紙を投げ込むことができました。もっと「キュンキュン」させるような少女まんがをもう読んでいたのかもしれないけれど、わたしも彼女の逃亡をわずかながら手引きした者として、四人の共犯者として思ってみてもよいでしょうか?


 8年間、ほんとうにお疲れ様でした。