引きこもりと労働

http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/comment?date=20031011#c
「働けるけど、働かない」が当事者の主観的な物に加えて、客観的(国家的?)にどう取られるべきかというkagamiさんの指摘は面白いです。
引きこもり問題(不就労問題)を労働に関する社会政策の不備と考えるなら(というのが僕の視点ですが)、例えば環境政策への不備に対するくらいの補償(支援)が必要なのかもしれない。もちろん厳密な計算(?)は注意して行うべきなのだろうけど。
http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/comment?date=20031009#c
jounoさんの発言↓に納得。

フリーライダー問題に関しては、ひきこもりという現象がある程度社会状況の効果でもある以上、社会がそのリスクを負う必要もあるということはそのとおりです。ただ、まず、フリーライダーとして、想定されない利用者として観念されている限りは、社会的に是認はされえないでしょうし、ひきこもっている人物の自己肯定も困難です。また、そうしたアドホックな方法による限り、ひきこもりの持続可能性も担保されえません。引きこもる人物の責任論ではなく、引きこもりという生き方が、社会的に、またみのまわりの個人に、たいして、一方的な負担をかけることなく、安定的で持続的な関係をもつことができ、観念的、イデオロギー的に正当化しうるようにすることなしには、それを肯定することはできない、と思います。

http://d.hatena.ne.jp/ueyamakzk/comment?date=20031011#cのkagamiさんのコメントを見て追記(コメントごとにリンクできるようになればって贅沢すぎ?)。引きこもり問題や運動が国家システムを危うくさせる位になれば、少しは社会政策的に考え始めるのかな? というか現在がちょうどそういう状況なのかも。
すっごい関係ない話だけど(というかid:sayuk:20031011#p2の前半に関係する?)ノストラダムスの予言って99年7の月で終わりじゃなくて、その後6000年だかの間、君主制帝国主義だかの平和な時代が続いた後滅亡するって内容だった。小学生の、それこそ「現在が正しさの最前線」と考えていた僕は「まだ社会システムは変わるの?(しかも君主制帝国主義なんかに?)」なんてびっくりしたのだけど、kagamiさんのような指摘を見ると、未だに安穏と楽観的な「正しさのインフレーション」という展望を信じてるのに気付いてしまう。なんかそれって「人間が最も進化した生物」と考えるエセ進化論と同じ立場だよね。

「君が望む永遠」(旧版)

なんとなく再度はじめてみることにします。
なんか違和感あると思ったら、原作はもっと主人公バカだったし水月と漫才してたんだ。ってことはアニメは遙ルートなのかな。(「ってことは」って意味分からないよ!でもこの2回では遙との関係以上に水月との関係の重要性を出せてるとは思えないのです。)
実は第1部やったの2回目なのだけど、1回目の退屈さが嘘のような面白さだった。なぜなのでしょう。

炭酸少年

Gokuriジャンキーがようやく解消されたと思ったら炭酸少年ジャンキーとなり、家にはスタイニー缶の代わりにペットボトルが散乱するように。
炭酸飲料といえば中学生の時はSchweppesのレモンスカッシュ(これが一見どう見てもアルコール飲料のような缶で危険。ってここに写真があった。アップルなんてあったんだ……もう今は無いだろうなあ)に嵌まり、しかし高校大学とかなり疎遠だった(時々気まぐれで買っても1缶飲めなかった)はず。炭酸飲料の肌理……というのは自分語なんだけど何ていうのだろう、炭酸ぐあい?は、ペットのコーラと喫茶店のレモンスカッシュと夜店のラムネとで全然違ってて、それが炭酸含有量によるのか水や水溶物によるのか温度によるのかよく分からないけど、「炭酸少年」は久しぶりにしっくりくる「肌理」だったのかも。
清涼飲料マニアって他の各種のマニアさんと同じくらいステキなんですが、これとか見るといまだに桃飲料好きの自分とか小躍りします(しかしポンジュースピーチがない!と一応ツッコミます)。丸善と飲料の関係は今でも謎です。それにしても飲料自販機マニアとかにまでなってくると、全てのマニアは鉄から派生するという説はめちゃめちゃ正しい気がしてくる。
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