「正しい恋愛」至上主義

噂の「オタク女子研究」でいちばん気になったのは、「腐女子は恋愛体質じゃないから(不倫にもだめんずにも関わらずに)幸せな恋愛・結婚をしている」というくだり。そこには、恋愛至上主義から降りることを宣言していながら、もうひとつ別の、言ってみれば「『正しい(幸せな)恋愛』至上主義」に囚われている感がある。


少女漫画の話に戻ると(いつも僕は少女漫画の話しかしないのだけど)
「顔や地位じゃなく、性格を見てくれる恋愛」「見せかけじゃない本当の自分を見てくれる恋愛」「一途な想いこそがかなう」「どんな女の子にも必ず運命の相手がたった一人いる」「一方的な依存でなく共に助け合う関係」「共に幸せになる関係」。そういう「正しい(幸せな)恋愛」こそが、オンナノコの選ぶべき恋愛の形として常に提示されてきた。もちろんそれらは一方では少女漫画における恋愛の思想を進化させてきた非常に重要なテーマだったのだけれど、もう一方では巨大な足枷となってはいなかっただろうか?
正しくて、美しくて、幸せな恋愛は、そのいずれかが欠けた少女達の想いに、「ワタシの恋愛は間違った恋愛なの?」とうしろめたさに似た陰を落とさなかっただろうか? かなわなかった想いや、哀しみと辛さだけがつのる関係や、いつわりの外見や、優柔不断な恋心は、それは「恋愛」にカテゴライズされない異端の教徒のものなのだろうか?


もちろん少女漫画の仇は少女漫画で取るのがこの日記の伝統なので、いくつかの(はてなでは前にもう書いてるけど)作品を紹介するだけにしてみる。


津田雅美わたしは行かない」(『天使の棲む部屋』ISBN:4592127277 所収)は遠距離恋愛する少女が主人公。「遠く離れても 会えなくても… 想い合える人がいる それだけで幸せになれる」彼女はしかし、同じクラスの無愛想な少年を恐がりながらも彼に惹かれはじめる。「その時 つらぬいた感情を そのとき燃えはじめたものを 私はごまかすことができない わたしはこの男に愛されたい」「たまらなく魅かれる−−あの人とはわかり合える でも 私を変えたのは瑞希だ」「どうして瑞希ひとりを好きではいられないの? 私は誰も傷つけたくないのに……」彼女は悩んだ挙句に、瑞希好きな人がいること、二人のどちらも選べないことを告げる。彼の出した答えは−−「三人で会うこと」。「私のこと憎んだっていいのに 顕上君に会ってみたいっていってくれたの」「格闘とかしたりして 友情めばえたりして」「不思議な気分だった 私たち三人の関係は緊迫したままのはずなのに なんだか 私も顕上も冬休みが来るのを待ち遠しく思っているんだ−−」


おおいま奏都青空の下 君と」(『ファイト!』ISBN:408856362X 所収)はhttp://d.hatena.ne.jp/sayuk/20030827/p1あたり参考。


石田拓実色恋寓話ISBN:4088488563 は(あるいは石田作品全般は)まさにその「間違った恋愛」の見本市みたいな話だし、続編の「ラブ・メルヒェン」(『スプーン一杯の愛情』2巻 ISBN:4088417504 所収)に至ってはラストでそれを宣言してしまっている。「正解なんてないかわり まちがいだっていっこもないから。」「あらゆる恋愛はただそれだけで恋愛である」というのは石田作品すべてに通底した思想で、「正しい恋愛」からも、さらにはそのアンチとしての(おそらく岡崎京子直系として生まれた、フィールヤング・シュークリーム系の)「リアルな恋愛」(それは結局、「リアルな恋愛が正しい」という別の「正しい恋愛」思想だ)からも自由にすり抜けている。(そもそも少女漫画ラブストーリーの祖・大島弓子作品自体が「間違った恋愛」ばかりだったのではないか?)


吉野朔実不幸の発明」(『恋愛的瞬間』2巻 ISBN:4088486226 所収)彼女のいる男にしか手を出さない撫子。「私 男の子嫌いなんです」「私の不幸は精神的にのみレズだってことです ひと目で好きになるのは女の子です でも肉体的には受け付けないのでそのかわりに 彼女の相手に手を出して 欲望を満足させるんです」「他人を不幸にすることが私の恋です」そう告白する彼女に告げられる言葉、「大丈夫 いつかきっと酷い目に会えるよ」「君には覚悟があり自覚がある 追求しつづけなさい かならず幸福になれるよ」。


名香智子PARTNER』(小学館文庫全8巻)はhttp://d.hatena.ne.jp/sayuk/20030911/p1 とか http://d.hatena.ne.jp/sayuk/20030915/p1 あたり。「運命の恋愛」思想へのアンチテーゼ。


まとまらないけど結局、
・正しい恋愛が正しい
・正しい恋愛が幸せ
・幸せな恋愛が正しい
・幸せな恋愛が幸せ
って4つがあって、それぞれに抗してるのが順におおいま・津田・石田・吉野の各作品な訳で。