名香智子『PARTNER』続き

なんかまたぞろ名香智子『PARTNER』を読み返してるんですが
(前に書いたのはid:sayuk:20030911 と id:sayuk:20030915)
ひとつだけこの作品について絶対に注目して欲しいのは(以下ネタバレまくりです)


高子さんが今でもショートカットにしてるのは、芥川に似合ってるって言われたから!


ってことです。
本編でもちょっと仄めかされ、番外編「鳳仙花」で描かれてる、高子さんが若い頃駆け落ちして芥川と同棲していたという話。
女をとっかえひっかえし、金づる扱いし、同棲していた高子をほっぽいて一冬別の女の所に行き、挙句の果てには何度も流産させるという非道の限りを尽くした若い頃の芥川。最後には高子の兄から手切れ金を貰って彼女を捨ててしまう。ボロボロになった彼女に「僕の所へ来てください」と朴訥に迫った男が今の旦那(その辺ステキで、本編ではあんまり冴えない茉莉花父の株が上がるんだけど)。これだけ書くと普通のメロドラマ風で、本編で茉莉花に「男の人とつきあうならお嬢さんぶるのはうわべだけになさい いつまでもなにも知らないおバカさんでいるなら お見合いさせて大学卒業と同時に結婚させますよ」と厳しく言うのもそのあたりの経験からかと思わせる。
けれども、けれども高子さんはショートカットを守り続ける。たった一言、芥川から「高子は短い髪のほうが似合うかも…な」と言われてから、芥川と別れてからも、結婚して茉莉花を産んでからもそして現在までも。


ただ、今の関係こそが唯一正しく美しくて、過去の付き合いはすべて誤りだった、という考えからは高子さんの意志は生まれない*1。凡百のラブストーリィにある、はじめカッコいい男の子と付き合ったけどやっぱりダメだった、自分のことをいちばん理解して尊重してくれる人と出会って初めてほんとうの「正しい恋愛」を知った、という考えだとすると、その「はじめ」の男の子が「短い髪のほうが似合う」と言ったという事実は、「正しい恋愛」との出会いと共に完全に消去され、失われてしまう。
『PARTNER』が描くラブストーリィはそうではない。たとえどんなにひどい男・ひどい恋愛・ひどい関係だったとしても、そこには確かになんらかの「関係」はあり、かけられた言葉や振る舞いも、たとえその恋愛が成就しないもの、失敗したもの、間違ったものであったとしても、決してすべて消去しリセットできるものではない。高子さんはもう芥川の関係はそのほとんどが過ちだったと思っているし、たとえ再度出会ったとしても新しい関係がはじまることは決して無いと考えているはず、けれども「関係」があったことそれ自体は消すことが出来ないし、しようとも思っていないのではないか。かつて掛けられた「短い髪のほうが似合う」というその言葉にだけは真実を感じ、今でも信じているのではないか。それは決して不貞でも、あるいは前の男を忘れられないということでもなく、一つひとつのラブストーリィ、関係を真剣に、尊重して辿ってきたからこそできることなのだと思う。
高子さんは言う、「私は宝珠と結婚してからほとんど毎日幸せでしょう………でも芥川と会わなかったら 宝珠のよさはわからなかったと思うのよ………」もし、宝珠と出会ったあとの高子さんが元の髪型に戻っていたとしたら、この言葉のリアリティは半減してしまうはず(逆に言うと、ショートカットを守り続けたからこそ、過去の関係を尊重してきたからこそ、「ほとんど毎日幸せ」を得られたのだ)。高子さんは茉莉花が男性とソシアルダンスをしたり、その相手が次に見たときは変わってたりしてても寛容なのだけど、それは恋愛(特に「正しい、一意な、成就する恋愛」)ではなく「関係」を重視するからこそ、自分の過去の経験から、どんな関係であってもその将来にはきっと有意なものになると考えているからではないか。だから、それを有意なものにしない「いつまでもなにも知らないおバカさん」には(それは、ただ今の関係だけを尊重して過去の関係を忘却する態度だ)厳しい。
そして茉莉花は高子さんの望みの通り、さまざまな関係を辿って(id:sayuk:20030915で言うようにそれは、一番最後の恋愛(=結婚)がいちばん正しくて、それ以前のものはすべて間違いだったという価値観ではなく、それぞれが等価に尊重されそれゆえに等価に交換可能な選択肢を、偶然に辿ってきた結果のひとつであるという考え方だ)結果幸せに至る。結局は1巻の時点での予想を覆さない結果でありハッピーエンドなのだけれど、単純に「正しい恋愛」「幸せな恋愛」至上主義に陥らないそれは、最後まで読み続けた人にとって非常に納得ゆく「正しく」「幸福な」エンドだ。その「納得」を確かにしているもののひとつに、高子さんのショートカットがあるのは間違いない。


「鳳仙花」のラスト、茉莉花の結婚式で、高子が芥川に、二人が短い間同棲していた部屋で飼っていた猫について訊く。「実は私あなたに一つだけ聞きたかったことがあるのよ 猫のチビはどうしたのかしら?」芥川はチビを10年以上飼い続けていたと答える。「しかたないじゃないか」と言う芥川に、高子は涙ぐむ。「よかった……ずっと気になっていたの」
そう、芥川もまた、「ショートカット」を守り続けていたのだ。

PARTNER 1 (フラワーコミックス)

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*1:かといって、『PARTNER』がすべての少女漫画的な「真実の恋愛至上主義」を残酷に切り捨てている訳ではない。文庫版2巻87ページからの、小夜子の志文に対する思いのくだりを読めばわかるだろう。